はじめに
2026年6月18日、日経平均株価は終値で初めて7万円を突破した。わずか2年前には4万円突破が大きなニュースになっていたことを思えば、その上昇ペースは異例である。
しかし街には好景気ムードがない。
とにかく値上げが止まらない。
給与が上がったという実感を持つ人も一部に限られる。
株価は過去最高なのに、なぜ私たちは豊かさを感じられないのだろうか。
なぜ株価は上昇しているのか
今回の上昇にはいくつかの要因がある。
まず大きいのはAIブームである。
世界中でAI向け半導体やデータセンター需要が急増しており、日本企業もその恩恵を受けている。半導体製造装置や電子部品関連企業への期待から、日本株に資金が流入しているのだ。
次に円安である。
円安になると海外で稼いだ利益を円換算した際の数字が大きくなるため、輸出企業の業績が押し上げられる。実際、ドル円は160円近辺まで円安が進んでいる。
さらに海外投資家の存在も大きい。
日本市場は政治的に比較的安定しており、企業統治改革も進んでいる。海外マネーが継続的に流入していることが株価を押し上げている。
つまり最近の株高は、
・AIブーム
・円安
・海外投資家の資金流入
という三つの追い風によって支えられている。
株価上昇の恩恵を最も受けるのは誰か
ここで重要なのは、
株価が上がることと、国民全体が豊かになることは同じではない
という点だ。
株価上昇の恩恵を最も受けるのは、当然ながら株式を保有している人である。
・個人投資家
・富裕層
・年金基金
・金融機関
特に多額の資産を持つ人ほど恩恵は大きい。
例えば資産1億円を株式で運用している人と、預貯金しか持たない人とでは、株価上昇による利益は比較にならない。
資産価格の上昇は、しばしば「持つ者」をさらに豊かにする。
なぜ私たちは株価を景気の象徴だと思うのか
とはいえ、「株価が上がっているのだから景気も良いのではないか」と感じる人は少なくないだろう。
実際、その感覚には歴史的な理由がある。
高度経済成長期からバブル景気にかけての日本では、企業の成長と国民生活の向上が比較的密接に結びついていたからだ。
企業の業績が伸びれば、生産が増える。
生産が増えれば雇用が生まれる。
雇用が生まれれば所得が増える。
人々は給料が上がり、ボーナスが増え、消費を楽しむことができた。
そうした好循環のなかで株価も上昇していった。
特に1980年代後半のバブル景気はその象徴だろう。日経平均株価は1989年末に3万8915円という当時の史上最高値を記録した。だが、人々の記憶に残っているのは株価の数字そのものではない。
街には活気があり、企業は積極的に採用を行い、多くの人が「明日は今日より豊かになる」と信じることができた。
株価の上昇は、そうした時代の空気を映す鏡でもあったのである。
そのため私たちは今でも、「株価上昇=景気回復」というイメージを無意識のうちに持ち続けている。
新聞やテレビの経済ニュースが株価を景気のバロメーターとして扱うのも、その延長線上にある。
しかし、現在の経済は当時とは大きく姿を変えている。
企業は国内だけでなく世界中で事業を展開し、利益の多くを海外市場から得るようになった。株式市場にも海外投資家の資金が大量に流入している。
その結果、企業の利益や株価が上昇しても、その果実が必ずしも国内の賃金上昇や生活水準の向上に結びつくとは限らなくなった。
かつては「企業が豊かになること」と「国民が豊かになること」が同じ方向を向いていた。
しかし今、その二つは必ずしも一致しなくなっている。
にもかかわらず、私たちは過去の記憶の延長線上で株価を眺めている。
だからこそ、史上最高値を更新した株価と、苦しさを増す家計との間に大きな違和感を覚えるのである。
なぜ庶民は豊かさを感じないのか
一方、多くの人が感じているのは資産価格の上昇ではなく物価上昇である。
円安は輸出企業にとって追い風だが、輸入品の価格上昇という副作用も生む。
日本はエネルギーや食料の多くを輸入に頼っている。
その結果、食品、日用品、電気料金、ガソリンなどが値上がりする。
企業収益は改善しても、家計には負担として現れる。
日本でもNISAの普及によって投資を行う人は増えている。しかし、保有資産額には依然として大きな差があり、株価上昇の恩恵は均等には分配されない。
株価が上がっても自分の給料は変わらない。むしろ生活費だけが上がる──
これが「史上最高値なのに好景気を感じない」最大の理由だろう。
私たちは何を見ているのか
そもそも日経平均株価とは、日本経済そのものではない。
それは東証に上場する代表的企業225社の株価を平均した指数に過ぎない。
そこに映し出されているのは、「企業の価値」であって「国民生活の豊かさ」ではない。
もちろん企業が成長することは重要だ。
しかし株価だけを見て景気を判断すると、現実とのギャップが生まれる。
おわりに
日経平均7万円は確かに歴史的な出来事である。
しかしそれは、日本社会全体が豊かになったことを意味するわけではない。
むしろ今回の株高は、
「企業や資産を持つ人々は豊かになる一方で、そうでない人々との格差が広がっている」
という現実を映しているのかもしれない。
本当に見なければならないのは、株価ではなくその数字の背後にある人々の暮らしなのではないだろうか。
(四谷)
